recollection’s blog

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「若作りうつ」社会

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「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

あらすじ

医療の現場から、「若作りうつ」としか言いようのない現実があり、それに対して、過去の文化の変化から“なぜこうなったか”を導きだし、それによって“これからどうしたらいいのか”を考える本。

感想とか細かいところ

若作りうつが増えてきた原因として考えられる文化の変化を示すために、漫画を持ち出している個所があり、そこで、戦後のメジャーな少年漫画が挙げられているのだけれども、そこに敢えてなのかNARUTOが入っていない。
また、年代別の仕分けとして

  • 1960年代のスポ根漫画の時代には、大人を意識した成長物語が流行『巨人の星』『あしたのジョー
  • 1970〜80年代には大人を意識しない成長物語にシフト『ドカベン』『聖闘士星矢
  • 1990〜2000年代には努力しなくても強い物語や、機転や特殊能力を予め与えられた物語『ドラゴンボール』『DEATH NOTE』

として、物語の中から、大人や、年上の人間がオミットされている状況になっている、と書かれていますが、むしろ、2000年以降の物語は“父親の発見”の物語である、と思います。
NARUTOは、最初孤児だと思っていたNARUTOが実は両親に愛されていたことが後半に分かり、最後は(呪術によって一時的に生き返った)父に火影の意思を託されます。また、鋼の錬金術師も光のホーエンハイムという、自分を捨てた錬金術師の父親が実は世界をでっかい錬成陣にしようとするホムンクルスを倒すために頑張ってるってことを知って和解する物語(意訳)です。
両者ともに関連しているのは自分を捨てた(あるいは疎んじている)と思っていた父親を“すげー父親で”“自分のことを愛している”ということを発見するという物語です。
他にも探せばちょくちょくそういう話は出てくるはず。自分は2000年代以降の話は、大人不在というよりは、今までの世代の物語(たとえばスターウォーズなどでも)では、“打倒の対象”であった父親が“探して和解する対象”となっている、ということが特筆すべき事項だと思います。
社会、ということで考えるのならば、父親や大人の不在というよりも、アニキの不在の方が成長に対して効いている、と思われます。
上の世代からの下の世代へのゆったりとした文化の浸潤のような、1〜5歳差で伝わる文化の伝播というものがしにくくなったっていうのが。
まあ、そこらへんは要研究ですけれども。