recollection’s blog

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くらやみの速さはどれくらい/書かれた背景をいろいろと考えてしまう。

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くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4)

くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4)

 何で、翻訳の文章ってこんなに読みにくいんだろうなって思う、読み切るのに結構な時間がかかってしまった。“かれ”とか“それ”とかの訳をどうするのかとか“THE”をどうするのかとか皮膚感覚的なところの言語の違いがあって、それを厳密に訳そうとすれば訳そうとするほど変な感じになってしまう。その罠にはまってしまっている。シドニーシェルダン超訳はそこらへんがすごかった。だからあんなに売れたんだろうな。本なんで大意が伝わればいいんだ特に小説は。

障害者は天使教、の本ではないが、しかし、そこから、“出たくない”というよくわかんない雰囲気というかオーラのようなものを感じて作者紹介をみたら自閉症の息子がいるらしい。なんかいろいろだなあと思った。純粋さを手元に置いて庇護しておきたい気持ちと自律“してほしい”というよくわかんない第3者的なアンビバレンツさを物語自身のもつ世界の因果法則を越えて感じるので変な感じだなあって思ってた。アルジャーノンのときの日本とそれ以外の国の反応の差異を見たときに、日本以外では、自分が自分でなくなる恐怖というのはそんなにつよくないんじゃと思ってたんだがそうではないんだろうか。よくわからない。あれから20年、人権意識にもよくわからない変化が思ったのかもしれない。

 この話で能動的に動いているのは、主人公の上司であり、物語の動きの主軸は会社内の力学の話になっていて、主人公はなにもしないでながされていくだけ。流されて、それについて反応する。物語としてあんまりおもしろくないんだよなあ。結局会社内ので力学の作用も明かされないしなんか中途半端な印象を受ける。

 

 主人公は、自閉症で、非常に礼儀正しく謙虚であり、自分の欲望を表に出さない。彼の健常者の友人たちは、そんな彼の禁欲的で勤勉なところを好ましく思っている。友人たちの中に粗野で乱暴な人間がして、そんな奴よりも主人公の方がよっぽど好ましい。そして、彼が手術を受けて健常者になるときにそんな彼の美徳がなくなってしまうのじゃないかと危惧する。

 もう1歩踏み込めないのかなあって思う。意図的に踏み込んでないんだと思うけど。

 彼の、その美徳、と言われているものは、社会的に強制的に矯正されたもので、それは彼本来の気質ではない。薄皮一枚。そこから1歩踏み込むと物語として成立するのが極端に難しくなるんだけれども(環境によって人格のパラメーターが変化することを前提としたら“物語のキャラクター”という定義が維持できなくなり、メタ的な物語にならざるを得ない)なんだかなあって思う。

おもしろかったし、面白い小説だとは思うんだけれども、あんまり心は動かなかった。